連載:2013年のスパムサイト戦記 第6話(最終回)

スパムサイトの終わりと聞くと、ある日突然、Googleから手動ペナルティの通知が届く場面を想像するかもしれません。このサイトの終わりは、そういうものではありませんでした。

次のサイトを作ることに追われて、ふと順位を確認したら、落ちていた。気が付けば、50位あたりまで沈んでいました。

いつ、何で落ちたのかは分からない

このサイトが動いていた2013年から2016年にかけて、Googleは大きな変更を何度も重ねていました。パンダとペンギンの更新は続いていましたし、2013年12月を最後にツールバーのPageRankは更新されなくなり、2016年3月にはその表示自体がなくなりました。同じ2016年の秋には、ペンギンがコアアルゴリズムに組み込まれ、リアルタイムで動くようになります。

ただ、このサイトがどの変更で落ちたのかは、正直に言って分かりません。量産しているサイトのひとつひとつを、毎日見張っていたわけではないからです。ひとつの決定打があったというより、偽装で積み上げたものが少しずつ剥がれていった、と見るほうが実態に近いと思います。

展示室に残るファイルのうち、いちばん新しい日付は2016年1月です。その頃までは、まだページを足していたことになります。

生きるのに必死だった

第1話で書いたとおり、当時の私は、奨学金の残りを崩しながら、生活保護費を下回る赤字の中で起業していました。サイトを量産していたのも、偽装PRのドメインを扱っていたのも、そこに生きるための切実さがあったからです。本当に手探りで、色々なことを試していました。

結局、アフィリエイトでの起業は、在学中に1年、卒業後に1年続けたところで、ほとんどやめることになりました。

またあの時代で遊びたいか

この連載を書くにあたって、最後に伝えたい教訓は何かと考えました。正直に言うと、いちばん最初に浮かんだのは教訓ではありませんでした。もしあの時代に戻れるなら、当時のアルゴリズムでまた遊んでみたい。それが本音です。

あの頃の検索エンジンには、まだ個人が手作業でこじ開けられる隙間がありました。その隙間を探して手を動かす面白さは、確かにあったのです。

ただ、隙間は必ず閉じます。ツールバーの数字は止まり、量産ページは沈み、手口にはやがて名前が付きました。そして何より、その隙間を突くために書いた文章は、アトピーに悩む人に向けて誤った情報を流すものでした。面白さと、その裏で誰に何を届けていたのか。その両方を記録として残しておくことが、この連載でやりたかったことです。

ここから先は、Googleの側から同じ時代を振り返る「アルゴリズム史×個人サイト」へ続きます。

展示資料:黒歴史展示室に、このサイトの旧ページ18枚を当時の見た目のまま保存しています。

第5話 旧サイトのURLに家を建てるアルゴリズム史 パンダとペンギンの時代