考察
ウォーターサーバー、浄水器、水素水。2010年代には、水にまつわる健康の話が、ネットにも店頭にもあふれていました。私はその話を、売る側として書いていた人間です。この考察では、自分が書いた旧トップページ「アトピーは水を飲んで治す」を標本にして、怪しい水の話がなぜ人を引き寄せるのかを考えます。
アトピー性皮膚炎をはじめ、症状のある方は医療機関に相談してください。この記事は、誤った健康情報がどう作られるかを書き手の側から分析するもので、治療法を紹介するものではありません。
仕掛け1:「昔はなかった」
旧ページは、「昔の日本にはアトピーという病気は存在しなかった」という主張から始まります。昔は自然で健康だった、現代の生活が病気を生んだ、という物語は、それだけで納得感があります。新しいものより昔からあるもの、人工より天然のほうが安全だ、と感じやすい心の癖に訴えているのです。
仕掛け2:目に見えない敵を作る
次に出てくるのが、水道水の塩素やトリハロメタン、農薬、添加物です。どれも毎日体に入っているのに、目には見えません。見えない不安は、打ち消すのが難しい。そこに、大企業やプライベートブランドという「悪者」まで加わります。第4話で書いたとおり、当時の私の社会への怒りが、そのまま敵の役を与えていました。
仕掛け3:「医者でも治せなかった」
旧ページには「医者でも治せなかったアトピー」という言い回しがあります。長く治療を続けても良くならない人ほど、既存の医療に疲れ、別の答えを探しています。その疲れに寄り添うふりをして、医療の外にある「本当の原因」を示す。怪しい健康情報の典型的な入口です。
仕掛け4:原因はひとつ、解決は簡単
アトピーの原因は水だった。だから水を変えればいい。複雑な病気を、ひとつの原因とひとつの解決策に落とし込むと、話は一気に分かりやすくなります。しかも解決策は「水を飲む」という、毎日の簡単な行為です。つらい治療より、はるかに魅力的に見えます。
仕掛け5:権威を借りる
同じドメインのミャンマーのアロエのページには、「日本のドクターがその魅力に注目しアロエについて詳しく調べた結果驚くべき効能が発見された」という一文があります。誰が、いつ、どんな研究で発見したのかは書かれていません。それでも「ドクター」という言葉があるだけで、話は少し本当らしく見えます。
水素水の顛末
水素水は、こうした仕掛けが揃った商材の代表でした。国民生活センターには、飲む水素水に関する相談が2011年度以降増え続け、2016年9月末までに2,260件寄せられていました。
国民生活センターは2016年12月15日、容器入りの水素水と水素水生成器の商品テストの結果を公表しました。水素水には公的な定義がなく、溶存水素濃度は商品によってさまざまで、特定保健用食品や機能性表示食品として許可や届出がされたものはない、という内容です。あわせて、表示の改善を事業者に指導するよう行政に要望しています。
消費者庁は2016年3月に、水素水の効果についての不実告知を理由に、特定商取引法に基づく業務停止命令を出していました。2017年3月には、水素水などを販売する3社に、痩身効果などの表示が景品表示法違反(優良誤認)にあたるとして措置命令を出し、2021年3月には水素水生成器を扱う4社にも措置命令を出しています。
売る側の論理は、逆向きに進む
書き手として振り返ると、読む人と売る人とでは、考える順番が逆です。読む人は「悩み」から出発して答えを探します。売る人は「商品」から出発して、その商品が答えになるような悩みの説明を作ります。第2話で書いたように、私の旧ページも、ウォーターサーバーという商品から逆算して「アトピーは水道水のせい」という話を組み立てていました。
だからこそ、読む側が身を守るための目安もはっきりしています。「昔はなかった」「見えない敵」「医者も知らない本当の原因」「原因はひとつ、解決は簡単」「誰だか分からない権威」。このうちいくつかが揃い、その先に商品のリンクがあったら、それは悩みから出発した文章ではなく、商品から出発した文章だと疑ってみてください。
そして、健康について書く側に回ったときは、自分の文章にこれらの仕掛けが紛れ込んでいないかを確かめること。それが、この黒歴史から私がいちばん伝えられることだと思います。
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